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青森地方裁判所 昭和57年(行ウ)4号 判決

青森市長島三丁目一九番九号

原告

三上鉄郎

右訴訟代理人弁護士

渡辺義弘

青森市本町一丁目六番五号

青森税務署長

被告

村上勝身

右指定代理人

林勘市

斉藤浩

佐々木運悦

対馬淳夫

飛内泰宏

熊谷与平

寺門敏夫

伊藤十四男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

(一)  被告の原告に対する昭和五一年分所得税にかかる昭和五四年一二月一七日付更正決定および過少申告加算税賦課決定を取消す。

(二)  被告の原告に対する昭和五二年分所得税にかかる昭和五四年一二月一七日付更正決定および過少申告加算税賦課決定を取消す。

(三)  被告の原告に対する昭和五三年分所得税にかかる昭和五四年一二月一七日付更正決定および過少申告加算税賦課決定を取消す。

(四)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求原因

一  原告は食堂(中華料理店)を経営する者であり、昭和五一年分、昭和五二年分および昭和五三年分の各所得税につき別紙一各年分の「確定申告」欄記載のとおり確定申告した。これに対し被告は昭和五四年一二月一七日付をもって別紙一各年分の「更正」欄記載のとおり所得金額、課税所得金額、税額につき更正決定をなし、「過少申告加算税」欄記載の金額を過少申告加算税として賦課決定した。

二  これらの更正決定および過少申告加算税賦課決定(これらを総称して「本件各処分」という)は次に述べるように違法である。

(一)  本件各処分は違法な税務調査に基づいてなされたものである。

すなわち、所得税法二三四条の質問検査権は、申告義務者が申告しなかったり申告があったとしてもその内容に合理的な疑いがあるなど調査につき必要がある場合に限って行使されるべきであるのに原告に対しては必要がないのに恣意的に行使されたものであるから違法である。また、質問検査権の行使は被調査者の営業、私生活、人権に重大な影響を及ぼすものであるから、事前に通知をし、かつ調査理由を開示すべきである。しかるに被告は右行使にあたって事前の通知も理由開示もしなかったのであるからこの点においても質問検査権の行使は違法である。

(二)  別紙一の各年分の所得金額(総所得金額)として「更正」欄に記載の金額中、昭和五一年分の二九〇万六、七六〇円を超える部分、昭和五二年の三〇三万五、一三七円を超える部分および昭和五三年の三三三万四、九六三円を超える部分は、以下に述べるように、そのような所得金額が原告に存しないにもかかわらずこれが存するとして計上したものであるから、これを計算の基礎とした本件各処分はいずれも違法である。

(1) 原告の各年分の売上金額は、次のとおりであり、これは国税不服審判所長が昭和五七年六月一五日付裁決書の理由中で認定した金額であり、原告はこれを原告の売上金額と主張するものである。

昭和五一年分 三、〇六六万二、〇一八円

昭和五二年分 三、二〇一万六、二一〇円

昭和五三年分 三、七七一万五、三四九円

(2) 必要経費額

イ 昭和五三年分の必要経費額

三、三九八万三八六円であり、その内訳は別紙二の「原告主張額」欄の番号2ないし18記載のとおりである。

ロ 昭和五一年分、昭和五二年分の必要経費額

次のように算出すべきである。

昭和五三年分の、売上金額の中に占める必要経費の割合すなわち必要経費率は九〇・五二パーセント(下三桁以下四捨五入)であり、昭和五一年から昭和五三年までの間、原告の事業において必要経費率に特別の影響を及ぼす事情は無いから、昭和五一年分、昭和五二年分も右と同じ必要経費率を適用するのが合理的である。そうすると、必要経費の額は、昭和五一年分が二、七七五万五、二五八円、昭和五二年分が二、八九八万一、〇七三円となる。

ハ 事業専従者に係る必要経費とみなされる額

昭和五三年分、原告の妻ヨシ子につき、これが四〇万円である。

(3) 所得金額

(1)の売上金額から(2)の必要経費および必要経費とみなされる金額を控除したところの所得金額は、昭和五一年分が二九〇万六、七六〇円、昭和五二年分が三〇三万五、一三七円、昭和五三年分が三三三万四、九六三円である。

従って、右各金額を超えた原告の所得金額は存しない。

三  原告は、本件各処分につき、昭和五五年一月二四日被告に対し異議申立をしたが同年五月二日に棄却され、次いで同年六月四日に国税不服審判所長に審査請求したが翌五七年六日二二日に棄却された。

四  そこで本件各処分の取消を求める。

第三請求原因の認否

請求原因一は認める。同二のうち、(二)の(1)の国税不服審判所長が裁決において原告の売上金額を原告主張額としたことおよび昭和五一、五二年分の必要経費率を昭和五三年と同率にすべきことは認めるが、その余は否認する。同三は認める。

第四被告の主張

一  本件各処分に至る経過は次のとおりである。

(一)  被告は、原告の昭和五三年分所得税の確定申告書を険討したところ、収入金額に比し申告所得金額が同業者との比較において過少である、事業専従者控除と配偶者控除とが重復している、との疑義が生じたので、調査の必要があると判断した。

(二)  そこで、被告は、昭和五四年四月一一日、右調査のため原告店舗に臨場し、原告にその旨を伝えた。

これに対し、原告から、(イ)所得の計算は自分で行ったもので、その内訳はあるはずである、(ロ)申告書記載の住所地は店舗であり、住居は別になっている、などの返答とともに、「午前中は仕込み等で忙がしいから明日にしてほしい。」旨要請があったため、被告は翌日午後三時頃に再度臨場することを約した。

(三)  被告が、翌日、右約束の時間に臨場し、原告の申告所得金額の基礎となる関係書類等の提示を求めたのに対し、原告及び同席した青森民主商工会員(以下「民商会員」という)五名程から、「調査をする理由は何か。」、「全部調べるのか。」等の質問が出され、具体的な調査の理由を説明するよう強く求められた。

これに対し、被告は、調査の理由は、申告所得金額の正否の確認のためである旨説明するとともに、調査への協力及び関係書類等の提示を重ねて求めたものの「そんな理由では納得できない。」、「具体的な理由を示せ。」などという発言が続き、いわゆる「調査理由の具体的開示」に関する議論が中心になり、特に、調査対象者(原告)とは直接関係のない第三者である民商会員らの発言がほとんどであり、もはや調査を行えるような状況ではなくなった。

そこで、被告は、「このような状態では調査を進めることができない。」旨説明して、その日の調査を打ち切った。

(四)  その後、被告は、原告と数回電話連絡をとるとともに、同年四月二三日、同年五月八日、同年六月二一日の三回にわたり、原告店舗に臨場した。

そして、原告に対しては、調査への協力を求めるとともに、前記のように、原告の申告所得金額に全く関係のない第三者の発言に終始するようでは調査にならない旨説明したが、臨場の都度、原告のほかに民商会員数名が同席しており、被告が必要に応じて、収入金からみて同業者との比較において原告の申告所得金額が低いと認められること、原告の申告内容の一部に誤りがあること、質問検査権の行使の内容等を説明したが、原告及び民商会員らは、前同様に「調査理由の具体的開示」を議論し、またテープレコーダーを持込む等調査妨害とも思える行為までなし、原告からの関係書類等の提示等は一切なく、加えて原告の多忙等を理由に被告の臨場する時間を三〇分ないし一時間と制限されたため、右のごとき議論だけで時間を徒過し、調査の進展は全くみられなかった。

このように、調査への協力が全く得られなかったため、やむを得ず、被告は取引先等の調査により、原告の所得金額の適否を検討することとした。

(五)  右取引先等の調査の結果、原告の収入金が、北日本相互銀行青森支店の本人名義及び他人名義の普通預金口座にそれぞれ分けて預入されている事実を把握したが、右預金口座の入金額を基礎に把握した収入金は、昭和五三年分のみならず、昭和五二、同五一各年分とも、原告の確定申告書記載の収入金とかなりの開差があったため、原告の本件係争各年分の申告所得金額に疑義が持たれた。

(六)  そこで、被告は、原告に連絡の上、同年九月二七日原告店舗に臨場し、重ねて、関係書類等の提示等原告の協力を求めた。

これに対し、原告は、被告が行った取引先等の調査の結果を聞きながら進めたい、帳簿はないが計算した書類はあると思う、探してみないと分らない、等答えたが、同席していた民商会員らは前同様に、「調査理由の具体的開示」を中心とした議論を繰り返した。

(七)  被告は、これまでの原告の対応にかんがみ調査への協力を得ることは困難であると判断せざるを得なかった。

そこで、被告は、その後も取引先等の調査を行い、前記5で把握した収入金及び類似同業者の経費率により、所得税法一五六条を適用して、原告の本件係争各年分の所得金額を推計し、本件各処分を行ったものである。

二  本件各処分後の経過は次のとおりである。

(一)  原告は、本件各処分に対し異議申立を行ったので、その調査(以下「異議調査」という)のため、被告は、昭和五五年二月二七日及び同年四月四日に原告店舗に臨場し、異議調査への協力、関係帳簿書類等の提示を求め、所要の質問を行った。

しかし、原告及び同席した民商会員らは、「帳簿はある。」、「一方的な書類等の提示要求には応じられない。」、「更正処分の内容の説明を求める。」旨の発言を繰り返すのみで、被告の説得に応じようとせず、帳簿等の提示も全くなかった。

(二)  その後、被告は、電話連絡を数回行い、異議調査に応ずるよう重ねて求めたものの、原告から誠意のある回答が得られず、右調査の進展も望めなかったので、本件各処分の内容を検討し、いずれも棄却の決定をした。

(三)  原告は、国税不服審判所長に対する審査請求の過程において、月日別売上明細書及び仕入・経費に関する科目別明細書・領収証等を提出したので(いずれも昭和五三年分)、国税不服審判所長は、昭和五三年分所得金額を、右提出書類等を基礎とした収支計算により、算出するとともに、同年分の経費率を適用して、同五一、五二年分の所得金額を算出し、いずれも棄却の裁決をした。

三  調査の適法性

申告納税制度のもとにおいても、税務行政の適正を期するため行政庁に更正処分等の権限を留保して税額確定のための補完作用を認めているのであるから、税務署長は納税義務者がその義務を正しく履行したか否か調査する職責を有する。調査はその職責遂行のために必要であり、税務署長は、過少申告なることを疑うに足りる事情の存する申告についてはもとよりかかる疑いのない申告についても調査をなしうるのである。質問検査権の行使については、その必要性の判断、時期、場所、方法の選択は、私的利益との衡量において社会通念上相当な限度内にある限り、権限ある税務職員の合理的な判断に委ねられていると解すべきである。実施の日時、場所の事前通知や調査理由の具体的告知は質問検査の要件とされていない。

本件各処分は権限ある職員による適正な手続に基づいてなされたものである。

四  原告の所得金額について

(一)  原告は、毎日の売上金を原告、原告の妻、原告の兄三上広各名義の北日本相互銀行青森支店又は岩手銀行青森支店あるいは北奥羽信用金庫本店の普通預金口座に預入している。これらの預金額から借入による振替入金額など明らかに預入と認められないものを除き、原告の月日別売上明細書と対比検討すると、原告の各年分の売上金額は次のとおり算定される。

昭和五一年分 三、一九三万三、九二五円

昭和五二年分 三、三七〇万三、三六四円

昭和五三年分 三、九六三万八、一五六円

(二)  必要経費額

(1) 昭和五三年分の必要経費額

三、〇七五万一、八四六円であり、その内訳は別紙二「被告の主張額」欄の番号2ないし18記載のとおりであり、「原告主張額」欄記載の金額と相違する分についてその相違する理由は「摘要」欄記載のとおりである。昭和五三年分売上金額三、九六三万八、一五六円に対する右必要経費の合計額三、〇七五万一、八四六円の占める割合は七七・五八パーセント(下三桁四捨五入。以下「必要経費率」という)である。

(2) 昭和五一及び同五二年分の必要経費額

前記の昭和五三年分必要経費率(七七・五八パーセント)を昭和五一及び同五二年分の各売上金額に乗じて右各年分の必要経費額を計算すると次のようになる。

(イ)  昭和五一年分

売上金額三、一九三万三、九二五円×七七・五八%=二、四七七万四、三三九円

(ロ)  昭和五二年分

売上金額三、三七〇万三、三六四円×七七・五八%=二、六一四万七、〇六九円

(三) 本件係争各年分の事業所得金額等

以上まとめると本件係争各年分の事業所得額等は次のとおりである。

(1) 昭和五一年分の売上金額は三、一九三万三、九二五円で必要経費二、四七七万四、三三九を控除した事業所得金額は七一五万九、五八六円であり、事業専従者控除はないので差引事業所得金額は右同額となる。

(2) 昭和五二年分の売上金額は三、三七〇万三、三六四円で必要経費二、六一四万七、〇六九円を控除した事業所得金額は七五五万六、二九五円であり、事業専従者控除はないので差引事業所得金額は右同額となる。

(3) 昭和五三年分の売上金額は三、九六三万八、一五六円で必要経費三、〇七五万一、八四六円を控除した事業所得金額は八八八万六、三一〇円であり、これから事業専従者控除額四〇万円を除く差引事業所得金額は八四八万六、三一〇円となる。

したがって、右所得金額の範囲内でなされた本件係争各年分に係る本件各処分はいずれも適法である。

第五被告の主張に対する原告の認否

一  昭和五三年の普通預金預入額のうち、次の金額が売上額を預金したものであることは否認する。

(一)  原告名義、岩手銀行青森支店預入の一九回分合計二六万一、六七〇円。これは、同銀行からの借入を見込んで預金実績を作るため他の銀行に預金していたのを引出して同銀行に預金したのである。

(二)  原告名義、北奥羽信用金庫本店預入の九回分合計一一万四、五〇〇円。これも、他の銀行の預金から引出して預金したものである。

第六証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一税務調査と本件各処分

原告は、被告の原告に対する質問検査権の行使が、その要件を欠くのに恣意的になされたものであることおよび事前の通知を欠くことにより違法であり、かかる違法な税務調査に基づいてなされた本件各処分が違法であると主張するのでこれにつき判断する。

所得税法二三四条一項の質問検査権は、徴税権の適正な運用を確保し所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的から国税通則法二四条の調査の一方法として設けられているものである。そこで、これを行使し得る場合の要件につき、無申告とか申告内容に正当性を疑うに足りる個別的、具体的な疑義がある場合は勿論、これが無くとも、申告内容が正しいかどうか確認するため必要がある場合にもこれを行使し得るものと解すべきである。また、事前通知については、一般的にはこれをなすことが税務調査の円滑な遂行のために望ましいが、資料の隠匿改竄を防止するなど事前通知なしに行う必要のある場合もあり、事前通知の欠如が違法な税務調査にはならないと解する。

加うるに、税務調査によって得られた結果がその内容につき真実であれば、これに基づく更正は適法なのであり、調査手続の違法がただちに更正決定を違法ならしめるものではない。

従って、税務調査が違法だから本件各処分が違法であるとする原告の主張は理由がない。

第二本件各処分の内容

一  弁論の全趣旨によると、本件各処分は、被告において原告の昭和五三年分所得税の確定申告書における申告内容に疑義をもち、調査の結果、同年分の所得について過少申告の事実を発見したことが端緒となったものと認められ、また、本訴内容も含め以後の経過をみると、更正決定の段階においては各年分所得額につき推計の方法がとられたが、審査請求と本訴訟では昭和五三年分所得額、特に必要経費につき実額計算が行われ、昭和五一年分、同五二年分についてはこれを基礎とする推計が行われたものということができるから、これに合わせて本件については昭和五三年分の所得金額から認定、判断することとする。

二  昭和五三年分所得金額

売上金額につき、被告は三、九六三万八、一五六円と主張し原告はこれを否認するが、原告では三、七七一万五、三四九円と主張するから、売上金額が少くとも右の三、七七一万五、三四九円存するという限度において当事者間に争いがないこととなる。所得金額は収入すなわち売上金額から必要経費等を控除して算出されるのであり、その必要経費の内容、金額につき原被告双方の主張に対立する部分があるが、必要経費等控除後の所得金額につき被告は更正の段階で五五八万九、六二二万円と算出し本訴において八四八万六、三一〇円と主張している。所得金額が本訴における右被告主張額未満であったとしても、売上金額と必要経費額との相互の関係から算定される所得金額が更正決定における右算定額以上であれば更正決定は違法でないということになる。そこでこの面から検討する。

(一)  売上金額

原本の存在と成立に争いのない乙第一〇号証の三、第一一号証の三、四、第一二号証の二、三、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)、弁論の全趣旨を総合すると、原告は北日本相互銀行青森支店に原告および兄の広並びに妻のヨシ子名義の普通預金口座をもち、日々の売上金額を預金していたこと、右各口座の昭和五三年一月五日から同年一二月三〇日までの預入総額は四、五四五万一、一二一円となること、右の預入額の中には原告において福利厚生費の支払のために引出したが現実に支払われなかったため再び預金した金額が約一二〇万円含まれているからこれを控除してもその余の四、四二五万一、〇〇〇円余は売上額を預金したものであること、以上の事実が認められ又は推認される。原告本人尋問の結果中これに反する部分は措信できない。そして、原告本人尋問の結果によると、当日売上額の中からそのままガソリン代などの必要経費を支払う場合のあることも認められ、その場合は預金額が売上額より少額となる。また反対に、昭和五三年一月初めの預金額の中には前年末の売上額を預金した分も含まれていると推察されていると推察されるから昭和五三年一月の預金額が同年の売上額より少いこととなるが、これは昭和五三年一二月末の売上金額が翌五四年一月の預金に繰越されることで調整し得ると考えられる。

なお、原本の存在と成立に争いのない乙第一三および第一四号証、弁論の全趣旨によれば、原告は右各口座のほかに岩手銀行青森支店と北奥羽信用金庫にも普通預金口座をもち、昭和五三年中に合計四一万八、一七〇円の預入をしたことが認められるが、これは預入回数がまばらで日々預入しているとは云えず、原告本人尋問の結果によると融資を受ける目的で預金実績を作るため他の預金口座から払戻したのを預金したものと認められるから、これは売上額推算の資料から除外すべきである。

これら事実によると、昭和五三年における売上額は被告主張額たる三、九六三万八、一五六円に達していたことを推認することができる。

(二)  必要経費

必要経費とは、所得を得るために必要な支出のことであるから、支出金額が必要経費として控除され得るためには、当該事業活動のために直接の関連性を有し、事業遂行上必要な支出内容であるとともにその金額が社会通念上相当と認められる範囲内のものでなければならない。

別紙二記載、番号2ないし18の必要経費項目のうち、売上原価(番号2)、接待交際費(番号7)、福利厚生費(番号11)、研修費(番号13)、給料賃金(番号16)を除くその余はその内容および「被告主張額」欄記載の金額に争いがないので、右の争いのある項目につき検討する。

(1) 売上原価(番号2)

原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、二、第四号証の六ないし八、弁論の全趣旨を総合すると一、五二九万六、九三〇円であることが認められ、甲第二六号証の記載金額は右各証拠と対比して措信できず、ほかに右金額を超えた支出のあったことを認めるに足る証拠はない。

(2) 接待交際費(番号7)

原告本人尋問の結果およびこれにより記憶に基づいて後日作成された領収証又は証明書であることが認められる甲第三五号証の一ないし八によっても、被告主張額たる一五万八、〇〇〇円を超える金額が原告の営業において売上金額を得るために必要な範囲内の接待交際費にあたるものと認めることはできない。

(3) 福利厚生費(番号11、その内訳別紙三)

(イ) 従業員結婚祝金(番号1)

原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものであることが認められる甲第二七号証によれば、従業員石川弘美の昭和五三年四月二日の結婚式に原告が二万円の祝儀を渡した事実が認められるが、日計表(甲第三一号証の八五)に記載されていないし、原告において従業員に対する慶弔金支出につき基準を定めその基準に従って支出したことを認めるに足る証拠もないので、事業所得計算上の必要経費としてこれを認めることはできない。

(ロ) 従業員の共済掛金、青商連共済掛金(番号2、3)

原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものであることが認められる甲第三四号証によれば、被告主張額の二万二、〇〇〇円のほかに、従業員二名につき八、〇〇〇円の掛金の支出が認められるからこの限度で必要経費に算入すべきであるが、これを超えた金額の支出を認めるに足る証拠はない。

(ハ) 運動会費用、花見費用(番号6、7)

運動会費用につき原告本人尋問の結果中で原告は被告主張額五万八、五一〇円とは別に八万五、〇〇〇円の支出があったと供述する。原告本人尋問の結果により後日作成されたものと認められる甲第五ないし第九号証には右支出および花見費用の支出を裏付けるような金額の記載はあるが、帳簿類の裏付が認められず推量に基づいて作成されたものであるということになるから、甲第三〇号証の三および五、証人田辺文子の証言をもってしても措信することはできないから、運動会費用につき右五万八、五一〇円を認め、福利厚生費に計上すべき花見費用は認めないこととする。

(ニ) コーヒー茶菓子代、残業食事代、試食会費用および新年会、忘年会費用(番号9ないし13)

原告本人尋問の結果によると、原告は午後八時三〇分以降二時間ないし三時間勤務した従業員に対し、残業手当を支給する代りに夜食の代金を原告において負担したこと、その金額は一人一回一、〇〇〇円以上二、〇〇〇円以下で平均一、五〇〇円、人数は三名ないし八名、回数は月二回ないし三回であることが認められる。前出甲第七号証、原告本人尋問の結果により後日作成された領収証であることが認められる甲第一三ないし一七号証、第一八号証の一に示された金額は単なる推量に基づくものであるからそのまま措信することはできない。これら夜食代金の性質につき給与(現物給与)と区別する限界が不明確であり、また社会通念上必要とされる範囲内の金額であるかの疑義があるので、一人一回五〇〇円、人数平均五名、月平均二回の割合で計算した六万円を福利厚生費に計上しうる残業食事代とすべきである。

コーヒー茶菓子代、試食会費用は福利厚生のための支出と認めることはできない。

新年会費用および忘年会費用として原告は別紙二、11記載の金額を主張するが、これらは飲酒を主とする集りであって福利厚生の範囲に含め難い性格のものであるし、証人田辺文子の証言、原告本人尋問の結果によれば、右会合はいずれも家族を含めた催しであったことが認められるから、右のような会合の費用を必要経費たる福利厚生費と認めることはできない。

(ホ) 雨具代(番号17)

一万二、〇〇〇円を超える支出を認めるに足る証拠はない。

(ヘ) 合計

右各項目以外の別紙三記載項目については、内容、金額につき争いがなく、これに右各項目の右各金額を合計すれば、福利厚生費の金額は五四万九五四円であると認められる。

(4) 研修費(番号13)

証人田辺文子の証言、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものであることが認められる甲第二九号証の一、六によれば、原告は、従業員の田辺文子が昭和五三年五月、三上光男が同年一〇月に東京都内の中華料理店珍萬茶楼を訪れるその交通、宿泊、食事等の費用合計約八万円を支払った事実が認められる。しかし、証人田辺文子の証言によっても右二名とも従業員中の責任ある地位に在る者としてまたは特別の技能修得のため研修対象者に選ばれる者と認められず、その旅行内容も研修という実質があるとは認められないから、右支出額を研修費として必要経費に算入することはできない。

(5) 給料賃金(番号16)

原本の存在と成立に争いのない乙第一〇号証の三、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものであることが認められる甲第三一号証の一ないし三一五、弁論の全趣旨を総合すると、従業員三上光男ほか一〇名に対する合計七六八万円の支払および臨時雇用者一二名に対する合計五五万三、〇〇〇円とを総計した八二三万三、八〇〇円がその金額であると認められる。

(6) 合計

福利厚生費が五四万九五四円、給料賃金が八二三万三、八〇〇円であるほかその余は「被告主張額」欄記載のとおりの金額であるから、必要経費の合計額は三、一五三万八、八四六円であり、売上金額三、九六三万八、一五六円の中に占める必要経費の割合は八〇パーセントであることが認められる。

(三)  所得金額

前記売上金額三、九六三万八、一五六円から右の必要経費合計三、一五三万八、八四六円を控除した差引事業所得金額は八〇九万九、三一〇円であり、これから事業専従者控除額四〇万円を差引いた所得金額は七六九万八、三一〇円となる。

被告がなした更正所得額五五八万九、六二二円は右金額の範囲内にあるから、違法ではない。

三  昭和五一年分および昭和五二年分の所得金額

この両年分についても、更正決定で算定した所得金額が以下認定する所得金額を超えていないかどうかの面から検討する。

(一)  売上金額

原本の存在と成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、第一一号証の一、二、弁論の全趣旨によれば、原告および三上広名義の北日本相互銀行青森支店の普通預金口座に原告が預入れた金額の合計は、昭和五一年が三、三三三万八、四九九円、昭和五二年が三、八六〇万六、六七三円であることが認められ、昭和五三年分の預金につき認定したと同じように、これら預入額の中に必要経費として一旦払戻したのを預入した分があるとして各一二〇万円を控除しても、その金額は昭和五一年が三、二一三万八、四九九円、昭和五二年が三、七四〇万六、六七三円であるから、売上額は、被告主張の金額すなわち昭和五一年が三、一九三万三、九二五円、昭和五二年が三、三七〇万三、三六四円に達していたものと推認することができる。

(二)  必要経費

昭和五三年分売上金額中に占める必要経費の割合は前認定のとおり八〇パーセントであり、昭和五一年から昭和五三年にかけ必要経費の割合に変動を生ぜしめる特別の事情は認められないから、昭和五一および五二年分についても同率で計算するのが相当である。そうすると、必要経費額は、昭和五一年が二、五五四万七、一四〇円、昭和五二年が二、六九六万二、六九一円となる。

(三)  所得金額

前記売上金額から右の必要経費額を控除した事業所得金額は、昭和五一年分が六三八万六、七八五円、昭和五二年分が六七四万六七三円であり、この両年分についてはこれが所得金額と算定されるから、更正決定における所得金額の算定額、昭和五一年分四九四万五、六八五円、昭和五二年分四〇九万二、五九〇円は右金額の範囲内であり、従って違法ではない。

第三結論

以上のとおりであり、本件各処分は違法でない。よってその取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤清實 裁判官 中村俊夫 裁判官稲田龍樹は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 斎藤清實)

別紙一

一 昭和五一年分

〈省略〉

二 昭和五二年分

〈省略〉

三 昭和五三年分

〈省略〉

別紙二

事業所得金額計算内訳の比較表(昭和五三年分)

〈省略〉

別紙三

福利厚生費(番号11)内訳

〈省略〉

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